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大分地方裁判所 昭和31年(行)3号 判決

原告 田椽竹蔵 外四名

被告 大分県知事

主文

被告が別紙目録記載各不動産につき昭和二十三年三月二日自作農創設特別措置法第三条の規定に基いてなした買収処分中、田椽善蔵名義の右不動産に対する原告等の各十分の一宛の持分を合算した十分の五の持分については買収処分の無効であることを確認する。

被告が右不動産につき右同日同法第十六条の規定に基いてなした同不動産の大分県宇佐郡四日市町大字下敷田百四十八番地末広邦夫に対する売渡処分中、同不動産に対する原告等の各十分の一宛の持分を合算した十分の五の持分についてなした売渡処分は無効であることを確認する。

原告等の第一次的請求中、右不動産に対する前項記載の合算持分の範囲を越える部分についての請求はいずれもこれを棄却する。

原告等の右不動産に対する前項記載の合算持分の範囲を越える部分についての第二次的請求はいずれもその訴を却下する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告等の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として第一次的に「被告がなした主文第一項記載の買収処分は無効であることを確認する。被告がなした主文第二項記載の売渡処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、同処分が当然無効でないならば第二次的にこれが取消を求めると述べ、その請求原因として

(一)  別紙目録記載各不動産(以下単に本件耕地と略称する)はもと訴外田椽善蔵の所有であつたが、善蔵は大正六年十二月二十一日死亡し同人の父田椽幸市、毋田椽イトの両名がこれを均分相続して各二分の一の持分を以て共有しその内父幸市の上記相続による持分は同人が昭和八年五月十九日死亡したので原告竹蔵においてこれを相続しその持分を取得した。

(二)  ところが被告は原告竹蔵が神戸市に居住していることを理由に本件耕地を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号所定の不在地主所有小作地として同条により昭和二十三年三月二日を買収日時とし同日付登記簿上の所有名義人である善蔵宛に買収令書を発し、同月下旬頃右買収令書を原告竹蔵に交付して買収処分をなし、更に被告は同法第十六条の規定に基き前記買収日時を売渡日時として同日付の売渡令書を当時の耕作者である大分県宇佐郡四日市町大字下敷田百四十八番地末広邦夫宛に発し同年十一月頃同人にこれを交付してこれが売渡処分をなした。

(三)  しかしながら右買収処分は次の理由によつてその全部につき当然無効であり、仮に全部が無効でないとしても、イトの持分に対する部分は当然無効である。従つて右無効な買収処分を前提とする本件売渡処分も当然無効である。即ち本件買収当時原告竹蔵は神戸市に居住していたが本件耕地はいずれも前述のとおり右買収当時原告竹蔵とイトが共有していたもので既に死亡した善蔵の所有するところではないから同人宛の買収令書の交付による本件買収処分は全部違法である。又本件買収処分中共有者の一人であるイトに対しては買収令書の交付がなく且つイトは本件耕地の所在地に住所を有していたからイトの本件耕地に対する共有持分についての本件買収処分は違法である。

(四)  そうしてイトは昭和二十六年八月二十八日死亡し、同人の本件耕地に対する前記割合の共有持分はその子である原告等が共同相続した。

(五)  よつて原告等はいずれも本件耕地につきその持分を有するので被告に対し右買収並に売渡処分の無効であることの確認を求めるものであり仮に以上の違法事由が本件買収処分の無効原因になり得ないとしても取消し得べき原因と言うべきであるから第二次的に本件買収並に売渡処分の取消を求めるものである。と述べた。

被告訴訟代理人は原告等の第一次的請求につき「原告等の請求を棄却する。」予備的請求につき「原告等の訴を却下する。」双方につき「訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、なお原告等の第二次的請求が適法であれば「第二次的請求を棄却する。」との判決を求めると述べ、第一次的請求に対する答弁として原告主張の請求原因中、(一)(二)(四)各記載の全部及び(三)記載中のイトが本件耕地所在地に居住していた事実は認めるが、その余の事実を否認する。被告のなした本件買収処分は次の理由により適法である。即ち善蔵宛の本件買収令書は原告一郎を経て原告竹蔵に交付したが、当時イトは一郎と同居していたからイトに対しても同令書の交付があつたと言うべきで右買収処分を違法とするいわれはなく、又本件耕地の共有者である原告竹蔵は当時神戸市に居住していたものであるから不在地主所有小作地としてなした本件買収処分は何等の違法もない。原告等が違法に該るものとして主張するその余の事実は仮に違法であるとしても本件買収処分を当然無効とすべき事由ではなく取消し得べき事由であるに過ぎないと述べ、第二次的請求に対する答弁として、前述のとおり原告主張事実は本件買収処分を取消し得べき違法事由に過ぎないから行政事件訴訟特例法所定の抗告訴訟であり、従つて出訴期間の定めに服すべきところ本件訴は既に同期間の経過後になされたもので不適法であると述べた。

(立証省略)

理由

本件耕地はもと訴外田椽善蔵の所有であつたところ、善蔵は大正六年十二月二十一日死亡し同人の父田椽幸市、毋田椽イトの両名がこれを均分相続して各二分の一の持分により共有し、その内父幸市の相続持分は同人が昭和八年五月十九日死亡したので原告竹蔵においてこれを相続したこと、被告は竹蔵が神戸市に居住していることを理由に本件耕地を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号所定の不在地主所有小作地として同条により昭和二十三年三月二日を買収日時とし同日付既に死亡した善蔵宛の買収令書を発し同月下旬頃同令書を原告竹蔵に交付て買収処分をなしたこと、更に被告は買収した本件耕地を同法第十六条の規定に基き前記買収日時を売渡日時とし、同日付売渡令書を同年十一月頃耕作者である大分県宇佐郡四日市町大字下敷田百四十八番地末広邦夫に交付して売渡処分をなしたこと、右買収当時イトは本件耕地所在地に居住していたこと及びその後同人は昭和二十六年八月二十八日死亡し同人の本件耕地に対する共有持分は原告等の共同相続するところとなつたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで原告等の本件買収処分は当然無効であるとの主張について審究するに、農地の登記簿上の所有名義人が死亡し該農地の所有権が相続を原因として順次移転した場合において、右被相続人である登記簿上の所有名義人を所有者として同人宛の買収令書を発行してなした買収処分は相続人に対して為されたものと解すべく、しかも、真の所有者である相続人においてこれを知り又知り得べき状態にあつたに拘らず不服申立の方法をとらなかつた場合は右瑕疵は当然に買収処分を無効とするものではないと考うべきところ、前認定のとおり本件買収令書は既に死亡した善蔵宛に発せられたものであるが、同令書は本件耕地の共有者である原告竹蔵に昭和二十三年三月下旬頃交付されて居り、又原告本人田椽万治の供述によれば本件耕地の共有者イトも当時本件買収令書を受取りそれを原告万治に示した事実が認められるので当時イトも本件買収処分を知り得たと推認されるから、結局死亡者宛の買収令書を交付してなした本件買収処分は前記事情の下においては違法ではあるが、処分を当然無効ならしめる違法事由とは言えないと判断するのが相当であり、従つて又イトに買収処分の交付がないから無効であるとする原告の主張も理由がない。

しかしながら前認定の如くイトは本件買収当時、本件耕地の所在地に住所を有していたのであるから、同耕地中同人の持分については自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に所謂不在地主所有小作地に該当しないからこれを看過し不在地主所有小作地としてなした本件買収処分はその点において違法であることを免れず、しかもその程度は重大且明白であるから当然無効とすべき事由に該当すると言うべきである。ところで共有者は共有物の全部につき持分に応じて使用収益できると共に何時でも分割を請求することができ、これによつて少くとも共有物の一部につき単独所有権者たり得る可能性も存するのであるから、本件買収処分のように共有地の一部の共有持分についての買収処分に同処分を当然無効とする違法事由が存する場合においても全部の買収処分を無効とすることなく当該持分についての買収処分のみを無効とし、爾余の持分につき適法な買収処分の存在することを認めることは自作農創設特別措置法の意図するところに反しないと解すべく、従つて結局本件にあつては本件耕地中イトの前記認定の割合による持分についてなされた部分の買収処分は無効であり、更に同部分につき右無効な買収処分を前提とする本件売渡処分は無効であると判断せざるを得ない。しかして前認定のとおりイトの持分を子として共同相続した原告等は相続分に応じてその持分を継承し、その相続分は別段の指定のない限り平等であると解すべきだからそれぞれ本件耕地に対する十分の一宛の持分を継承したに過ぎず、従つて本件買収並に売渡処分の無効確認を求める本訴請求は原告等の右各持分を合算した十分の五の持分の範囲内でこれを認容し、その余は失当として棄却を免れない。

次に前記第一次的請求を認容せざる部分についての原告等の第二次的請求について見るに被告は右第二次的請求に対する本案前の抗弁として本訴は行政事件訴訟特例法所定の抗告訴訟であるから出訴期間の定めに服すべきところ既に同期間を経過した後に提起されたもので不適法である旨主張するので審按するところ、そもそも農地買収処分を違法であるとしてこれが取消を求める訴は自作農創設特別措置法第四十七条の二、行政事件訴訟特例法第五条第五項によつて処分の日から二ケ月以内にして且当事者が処分のあつたことを知つたときにはこれを知つた日から一ケ月内に提起することを要し右期間を経過したときはもはや訴を提起することができないものであるから前認定のとおり本件買収処分のあつたのは昭和二十三年三月であり、本件売渡処分は同年十一月頃であつて本訴提起が右出訴期間経過後(昭和三十一年六月十八日)であること記録上明白である以上、原告等の右第二次的請求は本案の判断をなすまでもなく不適法な訴として却下すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 中西孝 山田敬二郎)

(別紙省略)

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